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zoom RSS ■梅田さんの原発被曝労災申請、未だ結論出ず

<<   作成日時 : 2010/04/08 20:08   >>

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 以前、樋口健二さんが取材した梅田さんの労災について、結論が出る期限を過ぎたにもかかわらず何の音沙汰もないので原子力資料情報室のホームページを当たってみました。結論から言えば、まだ審査中です。昨年2月ブログに樋口さんのメッセージを抜き書きしました。何か具体的な支援ができればよいのですが。お知恵があればお知らせ下さい。



 梅田隆亮(りゅうすけ)さん(74歳)。 彼が原発定期検査に駆り出されたのは1979年3月に島根原発で1週間、放射線管理区域で作業を行ない、いったん帰省して5月から6月に敦賀原発で約1ヵ月ほど定期検査の工事にたずさわった。
 その結果、ひどい内部(体内)被曝を受け、長崎大学医学部のホールボディカウンター(WBC)で計測をしてもらうと、通常では体内にないはずのコバルト57・58・60、マンガン54、セシウム137 といった放射性核種が検出されたのである。被曝データをもとに裁判に訴えようと動き出すや、梅田さんに直接仕事をまわしていた下関の井上工業(日立プラント建設の孫請けで現在、倒産)社長と日立プラント建設(東京)社員が九州大学病院放射線科へ連れてゆき、「異常なし」の診断書を作らせたばかりか、暴力団まがいの所からいやがらせの電話を何回も受け、「家内がノイローゼになりそうなほどだった」と顔を曇らせた。そのころ「パァーと鼻血が出たり、脱力感」で悩んでいるとき、「仕事料」の名目で 106万円の振込みを受けた。それは実質的な裁判つぶしであった。忌まわしい現実に直面していたので、「わずらわしさと生活を立て直さねば」という思いで姿を隠さねばならなかった」と語った。
 私への電話のきっかけは2008年9月に松江労働基準監督署へ原発被曝の労災申請を提出したことに始まる。そのことがNHK島根放送局によるヒューマンレポート「元原発作業員の救済を求めて」として中国地方で放映された。
私への電話のきっかけは2008年9月に松江労働基準監督署へ原発被曝の労災申請を提出したことに始まる。そのことがNHK島根放送局によるヒューマンレポート「元原発作業員の救済を求めて」として中国地方で放映された。
 その後、「電話が鳴りっぱなしでたいへんな反響だった」と振り返り、新聞、雑誌などから取材を求められていた。梅田さんは、私の著書『闇に消された原発被曝者』(御茶の水書房)に自分の被曝実態が取り上げられていて、信用のおける文章だったからと電話をかけてきたのだと言う。29年間の空白が一挙に縮まった。
 姿を消して以後、天職であった鉛溶接の仕事を続けてきたわけだが、時々「突然鼻血が出たり、倦怠感に悩まされてきた」と言う。それでもあと5年で厚生年金の受給資格が取れるという矢先の2000 年3月28日に「急性心筋梗塞」で倒れた。ゴルフ場の芝生の上でのことである。救急車で飯塚病院(福岡県飯塚市)に搬送された。主治医の長澤一成医師から「普通はハンマーで打たれたか錐で刺されたような痛みを訴える」と伝えられたが、梅田さんの場合は「痛みも全然なく、ただ脱力感でダァー」と芝生に座り込んでしまった。意識はしっかりしているのに立つことすらできなかった。「10%ほどの生存率なのに奇跡的に生き延びてきた」と当時を振り返る。
 復職しようと思ったが、「就労不能」の烙印を押され、厚生年金受給の夢も失効となって呆然とする。「医療保障と家内の国民年金で貧乏しながら細々と暮らしてきた」とつらそうに語った。
 そんな矢先の2006年に、「財団法人放射線影響協会 放射線疫学調査センター」(文部科学省委託の調査を実施)から3回にわたりアンケート調査の資料が梅田さんのもとに送付されてきた。最初はめんどうくさいと「ほっておったが、これは何かあるんかと思い電話を入れた」。すると「電話口に出た男性が名前をいっさい名乗らず、『被曝者107人くらいの記録があるが、ほとんど亡くなっている。梅田さんはご健勝ですか? ほんとうにご本人ですか?』と、あきれた口調で語った」という。さらに、『すでに死亡していてもおかしくはない』とも話したのだ。梅田さんの体内被曝線量がいかに高かったかを証明するかのようだ。
 このアンケート調査は被曝線量の高い労働者や死者の遺族にあてて出されたもので、被曝労働者を救済したり労災認定を行なうためのものではなく、被曝統計を取るものでしかない。梅田さんの病気や発症した日付と年齢からすれば「死んどる」と記されていたも同然だ。現在も存命の梅田さんは国から死亡扱いされていたと言ってもよい。アンケートにはさらに「死亡している場合はご遺族が何で亡くなったか、ご返事下さい」と記されていた。
 梅田さんは「私が生きとることがめずらしいんでしょうな」と苦笑した。最後に届いた調査資料に連絡しなければ記録は抹消するというものである。「家内が他の被曝で苦しむ労働者のためと言うので、長崎大学医学部付属病院へ検査に行った」のである。2008年7月2日、WBC測定と診察を受けた。後に、1979年7月12日に測定した測定結果が奇跡的に残されていることが判明した。
 その資料によると、「梅田さんの体内から前述したコバルト、マンガン、セシウム137と思われるガンマ線のスペクトルを探知していると推定されました。梅田さんの体内に通常では検出されない放射性物質があった(内部被ばくの)可能性が高いと思われます。当時、悪心、全身倦怠感、易出血性などの症状があり、病院の検査で白血球減少を指摘されたそうですので、急性放射線症候群に近い被ばくがあった可能性は否定できません。心筋梗塞の発症は(諸要因に加え)1979年当時の被ばくが関与している可能性は否定できない」(要旨抜粋)との所見も得ている。
 松江労基署の土江啓司課長も3回にわたり聞き取り調査に梅田さん宅を訪れた。今年6月5日に同労基署から電話で「現在、あなたの件はあまりにも被曝量が高いから、厚生労働省で電離放射線障害の業務上外に関する検討会が立ち上がり、支給・不支給を検討している」と知らせがあったという。

以下省略

フォトジャーナリスト樋口健二さんの一文が情報室ウェッブに載っています。詳しくはこちら
http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=843

■原子力資料情報室通信(162-0065 新宿区住吉町8-5 曙橋コーポ2階 B◆ 原子力資料情報室◆原発◆月刊◆B5・16◆1部300円 年間購読料3500円(送料共)◆00140-3-63145 口座名無記載◆TEL:03-3357-3800 FAX:03-3357-3801 E-mail:cnic@nifty.com ホームページ:http://cnic.jp

【27 大阪府】
■ヒバク反対キャンペーン(591-8691 堺市北区金岡郵便局私書箱17号◆ ヒバク反対キャンペーン◆原発・被曝◆不定期刊◆A4・4P◆無記載◆ E-mail:hibaku-hantai@nyc.odn.ne.jp ホームページ:http://www1.odn.ne.jp/hibaku-hantai/




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